お盆の日は7月15日って本当!?日程が地域で違う意外な秘密とは!?


あなたはお盆の日がもともと7月15日って知っていましたか?

しかし、私の住んでいる地域では、8月15日がお盆の日になります。

実は、お盆の日は地域によって違います。

なぜお盆の日がこのように地域によって違う日になったのでしょうか?

不思議ですよね。

そこで、お盆の日についていろいろと調べたら、日付が違う意外な驚きの秘密も判明しましたので、すべてをお伝えします。

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お盆の日が7月だったり、8月だったりするのは!?

まずお盆の日はもともと7月15日中心に行われていました。

お盆は先祖や亡くなった人たちが浄土から地上に戻ってくるといわれていて、先祖の精霊をお迎えして供養をする日です。

お盆は、死んで成仏せずに苦しんでいる者を救うため、もともと中国で行われていた仏事で7月15日に行われていたのです。

それが日本に伝わりました。

そして、日本でもっとも古くから行われたお盆は、奈良時代以前、657年の7月13日から15日までの3日間、飛鳥寺で行われたものです。

その後、江戸時代まで、お盆の日は7月15日でした。

それがなぜお盆の日が8月15日だったりするのか?


お盆の日が7月だったり、8月だったりするのは、明治政府のせいです!


明治時代に入ると、明治政府は明治5年(1872)11月9日に暦法を変えることを決めました。

今まで使用していた月の満ち欠けを基準とする旧暦(太陰太陽暦)から、現在世界の多くの国で採用されているグローバルスタンダードの暦法、グレゴリオ暦(太陽暦)いわゆる新暦に変えたのです。

そして、日本では、明治6年(1873年)1月1日から新暦となったのです。

明治政府により強制的に暦が変更され、役所や学校などはそのとおりに従ったでしょうが、グローバルスタンダードである新暦では、日本の各地の年中行事や季節に合わなくなりました。

これまで使われていた旧暦は、太陽と月の動きを元に、自然現象と密着した生活を送るためには非常に良くできた暦で、日本の気候風土や農業中心の生活にはとても相性が良い暦でした。

しかし、新暦は日本にはなじまないことが多く、不都合や混乱が生じて対応もさまざまとなりました。

暦が変わったたことによるさまざま対応については、次にお伝えします。


お盆の日は7月盆、8月盆、その他にもある!?

明治5年(1872年)以前のお盆は旧暦の7月15日を中心とした行事でした。

旧暦と新暦では約1ヶ月の時間的なズレがありますので、改暦後に旧暦7月15日のお盆を1ヶ月遅れの新暦8月15日にするという対応をとるところがありました。

また、旧暦の7月15日のお盆を新暦の7月15日に行うようにした地域もありましたし、そのまま旧暦7月15日に行う地域もあり、こうしてお盆の日が地域によって違う日になったのです。

お盆の日は、一般的に、ほぼ全国的に多くの地域は新暦8月15日を中心に行われていますが、東京などの大都市部や東北・北陸地方の一部、農作業の繁忙期と重ならない地域では新暦7月15日中心に行われています。


東京では、当時明治政府の指示に従い、お盆を現在の新暦7月に変更して実施するようになりました。

沖縄・奄美地方などの地域や名古屋市の一部では、お盆の日を敢えて新暦へとは変更しませんでした。そのため、旧暦で行われるため、毎年お盆の日が変わり、時には9月にずれ込む場合もあります。

8月のお盆は、7月15日を盆にすると農作業の繁忙期と重なり著しく支障があったり、多くの国民の生活になじまなかったことも影響して、両者の折衷案となり、それで、一般的に全国的に多くの地域ではお盆の日は新暦8月15日中心に行われることになっていったのです。

お盆をもっとよく知りたいあなたはこちらをご覧ください↓
お盆とは何か?なぜお盆というのか?なぜお盆はその日になったのか?

ここで、なぜ日本は、明治政府は旧暦から新暦に慌ただしく改暦したのか? 次に、意外な驚きの秘密をお伝えします。

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暦を旧暦から新暦に変えた理由は!?

なぜ明治政府は、旧暦から新暦に慌ただしく改暦したのか?

その理由の一説として、財政難の明治政府の節約があります。

それは、旧暦(太陰太陽暦)は2~3年に一度の閏月(うるうづき)、つまり13ヶ月目の月を入れ、太陰暦のずれを太陽暦に合わせます。そのため、月給制に移行したばかりの公務員への報酬を1年間に13回支給しなければならない年がありました。

しかし、新暦では閏月はなくなり、12か月分の支給ですむので、財政難の明治政府が新暦への変更で、公務員の給料の節約を図ったというのです。


しかし、一方、当時西洋化へと進み始めた日本は、海外に追いつけ追い越せと西洋の制度を導入して近代化を進めていました。

改暦を強く支持した福澤諭吉などは、明治維新を経て、海外との交流が活発になったことにより、欧米人と交渉する場合などが増えました。

そこで、欧米人らが使うグレゴリオ暦(太陽暦)を使わないと、条約の交渉などの外交の会議日程を決めるにしても不便だったといわれています。

このように明治政府が旧暦から新暦に変えた理由はいろいろな説がありますが、暦を変えることにより、国民生活が大混乱をして相当大変だったことは想像できます。

さいごに

お盆の日が7月15日だったり、8月15日中心だったりする地域があるのは、明治政府が暦をこれまでの旧暦(太陰太陽暦)からグレゴリオ暦(太陽暦)いわゆる新暦に変えたからでした。

旧暦(太陰太陽暦)は、日本の気候風土や農業中心の生活にはとても相性が良かったのですが、新暦は、日本の年中行事や季節に合わなくなったりして、日本にはなじまないことが多く不都合が生じてしまいました。

そのため、地域によって、お盆の日を旧暦の7月15日のままにしたところや旧暦7月15日のお盆を1ヶ月遅れの新暦8月15日にしたところ、新暦の7月15日にお盆としたところなど、お盆の日が地域によって異なるという不思議なややこしい状況となったのでした。

どうやら長年慣れ親しんできた旧暦に基づく生活サイクルは、日本人の季節感にも合っていて、簡単に切り替えられるものではなかったところもあるようです。

そして、当時の暦の改暦は、明治5年(1872)11月9日に決めて、明治6年(1873年)1月1日から新暦となったのですから、カレンダーを作る業者さんや行政、他に様々なことが混乱して、対応がすごく大変なことだったと思います。


お盆の行事にとって、旧暦から新暦の変更は大きな変化でした。

昨今、グローバルスタンダードという言葉をよく聞きますが、それは表向きのよい言葉で、その裏ではそれを言う人の都合のいいような言葉にも思えます。

しかし、今このような世の中だからこそ、昔の日本の文化を残したり、取り戻したりしたいものです。

海外では、日本の文化は、クール、かっこいいといわれていて、年々日本を訪れる外国人観光客は増加していて、2013年に1,036万人だった外国人観光客は、2018年には3,119万人と3,000万人を突破しました。スゴイことです。

そんな日本の文化のひとつ、お盆。

わたしたち日本人はお盆の意味をしっかりと認識して、お盆という行事、日を大切にして後世にきちんと残していきたいものです。

(大層なことを言ってしまいました(^^;

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